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最悪の物語 『女王はかえらない』(降田 天)

【あらすじ】

 片田舎の小学校のクラスの女王として君臨していたマキ。だが、東京からエリカが転校して来たことでエリカは、マキの女王の座を脅かすようになる。やがて、クラスメイトたちを巻き込んで、教室内で激しい権力闘争を引き起こす。

【全体感想(ネタばれなし)】

 小学校3~4年生(途中で年度が替わる)の1クラスを舞台にしたスクールカーストモノ。感じとしては『よいこの君主論 (ちくま文庫) | 架神 恭介』に近いですが、『よいこの~』がクラス内にいくつもの派閥があり群雄割拠の様相を呈しているのに対し、
本作はあくまでもマキVSエリカの二大巨頭の対立に焦点が絞られており、その他の女子は一部を除いてどちらかの子分、男子は空気ですw


 

 ↑これもおススメ作品。単純にスクールカーストものとして出色の出来です。


 女王であるマキとお揃いのパッチンどめを着けて良いのは仲の良い女子だけ、しかも序列によって柄まで細かく決まっている・・・。冒頭から小学3年生とは思えないほどの陰湿っぷりに背筋が凍ります。誕生日会に呼ばれるかどうかでビクビクする女子たちの様子も嫌にリアル。

 

 担任は見て見ぬふりで役立たず。主人公の「ぼく」はクラスで一番成績が良いこともあり、スクールカーストの枠外にいる「変わったやつ」という立場に収まっており、うまく闘争からは距離をとっています。「おっさん」というあだ名には侮蔑の意味も込められていそうですが、それでもまあ独自ポジションを確立していると言えそうです。


 しかし主人公の幼馴染であるメグミはそうではありません。正義感が強いため度々マキに歯向かっては倍返しを食らって落ち込むという、そんな子なのです。主人公はそんなメグミを放っておけず時おり助け舟は出すものの、自分が目を付けられるのは嫌なので積極的には動こうとしません。
 物語が進むにしたがって最初は元気だったメグミがどんどん目に暗い光を宿して闇落ちしていく様は、権力闘争とは別のファクターとして悪い意味で読者をハラハラさせるでしょう。


 こうして、マキの独裁体制が永遠に続くかと思われたのですが、4年生に上がると状況は一変します。東京からお嬢様然とした美少女のエリカが転入してきたのです。
 初め、エリカをその優雅さから蝶のようだと形容したぼくですが、その本性は醜い蛾でした。直情的なマキと比べてある意味で大人なエリカは、その狡猾さでもってマキの取り巻きたちを一人、また一人と取り込んでいきます。


 かくしていつの間にか4年1組の教室(の女子)はマキ派とエリカ派とに真っ二つに分裂し、「夏休みの悲劇」に向けて激しい権力闘争が始まるのでした。


 あらすじを読んだ段階では、女王として君臨していたマキがエリカにとってかわられる転落劇を描く作品なのかと思っていたのですが、そう単純にはいかないのが面白いところ。
 単純バカのマキよりも自分が周りからどう見えるかを常に意識するエリカの方が一枚上手なように見えて、その実彼女も多くの弱点を抱えています。こういう作品だと一方が逆転した後は「ずっと俺のターン!」になって興ざめすることが多いのですが、本作はシーソーゲームのように攻守が何度も入れ替わるところが見どころになっています。本作のように本当に最後までどちらが勝つのかわからないような展開を描ける作者の力量は相当なもの。


 あと、ほとんど空気に過ぎなかった男子や担任が要所で重要な役割を担うのも地味に憎いポイントw

 

 そして第二章のタイトルは「教師」。「夏休みの悲劇」の後、あの場にいた4年1組の児童たちのその後は・・・? 続く第三章「真相」へつながる怒涛の流れを経て、物語は最悪の結末を迎えます。

 

 

 以下、完全にネタバレです。未読の方は自己責任でどうぞ。

 

 

【第一章 子どもたち(ネタばれ感想)】

マキもエリカも〇〇の掌の上

 ラストシーンでマキとエリカがつかみ合いの喧嘩となり、2人が崖下へ転落、エリカが死亡します。この結末に至った原因は直接的には2人とその取り巻きによる権力闘争のエスカレートにあるのは間違いないのですが、実際には表舞台に立たず裏からいたずらに喧嘩をあおった人物がいます。

 

 蛇足ですが、「お前いじわるだから嫌いだ」とクラスメイト全員の前でエリカがテツに振られたシーンは痛快

 

タマを殺した犯人について

 マキはエリカが犯人だと決めつけてかかりますが、これは真実とは異なります。エリカ自身が言ったとおり、都会生まれの彼女は生き物を心底嫌悪しており、オタマジャクシなど触ることすらできません。だから殺すなんてもっての外。

 第一章の時点では真犯人が誰かは明かされていませんが、状況から考えて○○が犯人であることは明らかです。

 

 ただこの事件の後、優勢だったエリカ側はタマ殺しの濡れ衣でマキ側(+心情的には男子もか)から攻撃されることになります。犯人がそこまで考えていたのかは・・・どうなんでしょう。

 

バレッタを花壇に埋めた犯人について

 エリカはバレッタを隠した犯人をマキだと思い込んでいましたが、これもまた真実ではありません。マキはバカなので「持ってても返さない」などと自分が犯人であるかのような余計な一言を言ってしまいますが(^^;

 バレッタがなくなった時、エリカは意外なほど狼狽え、「パパに買ってもらったの。お願いだから返して」とマキに対して下手に出てまで懇願します。
 母親に対して「ババア」と叫ぶ姿とは全く異なるこの哀れな様子は、なぜ東京から片田舎に引っ越さなければならなかったのかという事情とあいまって、エリカの家庭環境が複雑であることを教えてくれます。


 ただ、第1章の時点ではタマ殺しと同じくバレッタ事件の犯人もまた作中で明示されていません。

 大事なのはこの事件が決定打となってついに権力闘争に決着がつき、マキが女王の座から転落したこと。これこそが真犯人の狙いでした。

 

 またまた蛇足ですが、コージーがパッチンどめを外すシーンは痛快。

 

メグミについて

 ミステリを読み慣れている人ならこの章の叙述トリック部分に騙されはしないでしょう。

 第一章は女子同士の激しい権力闘争に目を奪われがちですが、実はその裏で静かな愛憎劇が巻き起こっていることに気づけたでしょうか。「好きって何だろう」というメグミのセリフが示唆しているとおり、第一章全編を通じて「誰が誰を好きなのか」が隠れたテーマとなっています。


 第一章のぼくの心情を丁寧に追っていくと、情景描写とズレがあることがわかります。ズレは随所に登場しますが、最も顕著なのがヤマンジの小屋からマキが逃げおおせ、エリカに一矢報いた直後の独白、「ぼくは、マキが憎い」の部分。

 この場面はむしろマキではなくエリカの方が悪役として描かれているのですから、普通なら「エリカが憎い」となるところ。にも拘らずぼくが憎いのはマキだという。


 これまでの描写から明らかなように、ぼくはメグミに好意を抱いています。メグミもまたぼくを憎からず思っているようで、そのことはぼく自身も認識していました。しかしある時からぼくにはメグミの心がわからなくなります。いわゆる「闇落ち」後ですね。

 来る日も来る日もマキにいじめられたから? そもそもなぜメグミはそんな状態になってもマキに接触するのか? 「放っておけ」というぼくの忠告を無視して傷ついてまで。
 ・・・ここまで読めれば、自然と正解に到達すると思います。つまりメグミはマキのことが好きなんだという真実に。
 そしてその気持ちを知ってか知らずかメグミに辛い想いをさせ続けるマキのことを、ぼくは嫌いなのです。

 

 こうなると第一章の世界は反転します。メグミがどれだけ突き放されてもマキに構おうとする理由は、マキに振り向いてほしかったから。
 メグミの目に光がなくなっていった理由は、マキが転落してなお彼女にとって自分が眼中にないことを思い知ってしまったから。

 

 第一章中盤の机への落書き事件、素直に読めば落書きの犯人はマキを憎んだメグミであり、ぼくが目撃したのはその現場ということになりますが、実際はマキのことを好きなメグミがそんなことをするはずがありません。メグミがマキの机でしていたことは落書きではなく、○○○○○。(私は、リコーダーペロペロかと想像していたのですが、違いましたね(^^; もっと純粋でしたw)

 

「…マキは本当にテツのことが好きなんだなって」というメグミのセリフには、どれだけの無念が込められていたのでしょう。

 

【第二章 教師(ネタばれ感想)】

 この章にもまた、というか第一章よりもさらに明確な叙述トリックが用いられています。

 第二章のラストで、実はこの章の出来事が第一章直後である夏休み明けの4年1組を担任視点から描いたものではなく、第一章の4年1組児童の1人が大人になった後の話だということが明かされます。
 主人公の真琴は旧4年1組メンバーの1人ですし、「佐々木」と呼ばれる警察官はコージーの大人になった姿です。さらに真琴の配偶者もまた旧4年1組メンバーの誰かであることが示唆されます。

 しかしながらそれらの事実は伏せられており、素直に読み始めるとあたかも第二章は第一章の直後であるかのように読者は誤認するでしょう。そして最後の最後で「やられた!」と気づくからくりになっています。

 

 ただですね。残念ながら作者の目論見は不発に終わっていると言わざるを得ません。

 確かに誤認させるための伏線は丁寧にバラまいているんですよ。

・(実際は酷い女帝なのに)教師受けは良いマキ

・ある時を境に暗くなったメグミ

・事なかれ主義かつ子どもにも丁寧語でしゃべりかける担任

・本当の自分を大人には隠している子どもたち

・夏休みにエリカという名前の人物が失踪した事実

・夏休みに転校した男子のカーストトップ

・不審者の存在   ・・・などなど


 しかし、さすがにカタカナ書きと漢字書きの違いみたいな「叙述トリックを疑ってください!」と自白しているような初歩的なヒントを冒頭から出されてしまうと・・・。

 ミステリを読み慣れた読者なら本章で登場する鈴木絵梨佳、森園真希、雪野めぐみがそれぞれ第一章のエリカ、マキ、メグミとは別人物だということくらいは即看破できます。
 こうなると次は第一章とずれているのが時系列なのか舞台なのかという問題に興味が移るわけですが、第二章中盤で早くも小学校の名前がそのまま登場することからずれているのは時系列だと判明します。


 そこまで読み解けると針山~林間学校で子どもたちがチョロチョロしているのも単なる茶番になり、読者側と作者側とで緊張感の乖離が生まれてしまうという。このあたりが本章の惜しいところです。


 そして、第二章は大きな謎を残したまま消化不良で終わります。
 つまり、主人公の真琴とはいったい誰のことなのか。夫の雅也とは誰のことか。第一章とは異なる不審者の正体は? 第一章の直後、何があったのか。タイトルの「女王はかえらない」とはどういう意味か。この「女王」とはどちらのことなのか。

 (この辺り、私には読んでいる最中には誰が誰か全くわかりませんでした。真琴→マコト→マキ? 雅也はおっさん(=ぼく)? ホームレスは第一章の担任? くらいには思いましたが、どれも単なる予想の範疇)

 

【第三章 真相(ネタバレ感想)】

 (;゚Д゚)

 

 

 (;゚Д゚)

 

 

 (;゚Д゚)

 

 えええええええ・・・・・。

 

 いや、マジですか。さすがにここまで叙述トリックのオンパレードだとは全く思っていませんでしたよ。手法としては使い古されているはずなのに、もうやられにやられまくりました。

  第一章とか第二章とかでトリックを看破して悦に浸っていた自分が恥ずかしいわw(さすがに無理がありすぎるとも思うけど(^^; そんなこと言っても負け惜しみなのでw)

 

 ということで、この章はネタバレもしません。気になる方はぜひ本編を読んでみてください。

 

 ちなみに、読後感はすこぶる悪いですよ。